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OKC代表のブログです。
時々やって来る三毛猫
今から2年ほど前に野良猫の家族を助けたことがあります。その時、母猫はガリガリに痩せて、子猫3匹も生後2ヶ月位で痩せて、我が家の庭のベンチの下で震えながらか弱い声で泣いていました。母猫はお乳も十分出ないようで、痩せた体を子猫達の横でぐったりとして、横たわっていました。

我が家の庭で母猫と子猫達がお腹をすかして横たわっている。私はその様子を見て助けてあげようと思いました。直ぐに以前飼っていた小型犬シーズーの食器にミルクを入れ、キャットフードはありませんでしたのでちくわを小さく切ってあげました。子猫達はミルクを美味しそうにそして競うように食べたのです。しかし母猫は子供達が食べているのをじっと見ているのでした。お母さんだってお腹がすいている筈なのに食べないのです。私は別の食器にミルクとちくわを入れてお母さんようにあげると、ヨロヨロしながら少しずつ食べたのでした。

私は母猫に辛かったね、必ず助けてあげるから安心していいよと話しかけました。猫家族の為に木箱と段ボールを組立て中にバスタオルを置いて寝床を作ったのでした。翌日からキャットフードを買って、ミルクと一緒にあげたのです。その夜猫たちは安心したのか家族全員でスースーと寝入りに就いたのでした。

その後、3か月後母猫がいなくなり、6か月後に男の子がいなくなり、2匹の女の子が約1年間暮らしていました。昨年の7月頃、ある日突然近くの野良猫のボスの猫に追われて2匹とも姿を消したのです。
私は暫くの間、家で飼っているセントバーナードのエルと一緒に散歩に出ると、裏山の木陰を探したりしていました。結局見つかりませんでした。そして4か月経った11月初旬でした、夜の0時頃、体が弱っていたエルが、私を見ながらワンと鳴いて裏庭をジーっと見たのでした。
私が何気に庭を見ますと猫がいたのです。それもいなくなった子猫の三毛猫(ミケ)でした。
私とエルは裏のガラス戸を開けますと、ミケは私の足元に来てスリスリと挨拶してきたのです。
ミケはエルの足元にも来てスリスリして挨拶したのです。エルも優しく体を横たえたのでした。私はすぐにミルクとキャットフードをあげたのでした。ミケはお腹が空いていたのか美味しそうに残さず食べたのでした。私はまた戻っておいでと話しかけました。
でもミケは戻って来ませんでした。

それから3週間後エルが天国へ旅立ったのでした。お通夜の夜でした。エルを偲んでご近所の方々が来ていました。奥さんの一人が私に、ご主人庭に猫がいますよと教えてくれました。見ると、三毛猫と黒猫がいたのです。まるでエルにお別れの挨拶に来たように見えました。
私がエルが亡くなったよ言いますと、ジーっと安らかに眠っているエルの方を見て暫くすると、そっといなくなりました。
私はエルが亡くなって人生に穴があいたような寂しさを感じて過ごしています。
エルが亡くなって2週間位した夜でした。私が寝ようと寝室に行こうとすると猫の鳴き声が聞こえたのです。ふっと庭を見ますとミケがいたのです。ガラス戸を開けますとそっと来て擦り寄ってくるのです。どうしていたんだい?元気だったのかい?ミケは食事を食べて私に暫く撫でて
もらうといなくなるのです。
そして、月に1-2回ふらりとやって来て、食事を食べて私に撫でてもらい、何処かへ行ってしまうのです。私はミケの後ろ姿に、いつでも来たい時においでと話しかけたのでした。
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さようならエル
この度、大変残念なご報告をすることとなりました。私が実の子供の様に可愛がってきました、エルが先月11月26日(日)に亡くなりました。享年12才と11か月でした。後2週間で13才を迎えるところでした。セントバーナードの平均寿命は7-8才と言われておりますので、13才迄生きたことは人間に例えると約100才に相当するそうなので、人生(犬生)としては充分長生きだったと言えます。
思えばエルとの最初の出会いは12年前家内の実家がある大阪に家族で里帰りした時でした。

夕食後、何気に寄ったペットショップでした。そこにセントバーナードの子犬が展示されていました。生後3-4か月で痩せて細っとりして、丸々と太ったセントバーナードの子犬のイメージがなく痩せて元気がなくケージにうずくまっていました。家族で心配げに見ていますと。その様子を見ていた店員がケージから出し娘に抱かせたのでした。その時娘は私に『パパ、買いたい』と言ったのですが、我が家には既にシーズーの親子4匹を飼っていましたのでそこにもう1匹大型犬を飼うことに少しためらいがありました。それで一旦東京へ帰ったのです。それから1か月後、また家内と娘二人が大阪に出かけた時でした。再度ペットショップに寄りますと更に痩せてガリガリなったセントバーナードがいたのでした。あばら骨が見えている子犬を見た娘が家内に可哀そうだから助けたい、お願い買ってあげてと頼んだのでした。しかし家内はあまりにも見すぼらしい姿を見て、病気を持っているのではないかと心配になり、可哀そうだけど買うことは出来ないと断って、東京への帰途に就いたのでした。
高速道路を走り京都のサービスエリアに着いた時、2人の娘が泣いて家内に訴えたのでした。
2人のシクシクと泣く姿を見て、家内は東京にいる私に電話してきたのでした。『パパどうしよう、パパが決めてと相談してきたのでした。』 私は思いました、『子犬には何の責任もない、こうして出会ったのも何かの運命だろう、助けてあげよう、悲しい境遇を幸せにしてあげよう。』と思ったのでした。そして家内と娘に言いました『いいよ連れて帰っておいで』と、大急ぎで大阪に戻ったのでした。
わが家にやって来たエルに私は『悲しくて寂しい思いは2度とさせない、必ず幸せにしてあげるね』と話しかけたのでした。

それから12年間、痩せていたエルは70キロを超える巨体となり、テレビのドラマや映画にも出演したり、老人ホームや障碍者施設を訪問して多くの人々を癒し、喜ばれたのでした。
散歩で行くコーヒーショップのテラスで休んでいると、よく高齢のご夫婦や一人暮らしのお婆さんから、しかも何人もの高齢者の方々からエルに会うのが楽しみで、エルと会うために出かけて来るのですと、そして会うと元気になるのですと言われたのでした。
エルは私たち家族だけでなく、多くの人々に喜びと癒しを与えてくれました。
私が出張しますと、自分の寝床に行かず、ずーっと玄関で私の帰りを待っていてくれました。
エルと過ごした12年間は、私の掛け買いのない心の財産となりました。
またブログを通して多くの方から心温まるご感想をいただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

エルが亡くなる少し前に、しきりにか細い声でワンワンクーンクーンと鳴いたのです。
私はどうしたの?お水あげようか?話しかけながらエルの顔を撫でました。すると静かに眠りについたのです。私がソファに戻り1時間位経った時、何気にエルを見ますと、息をする様子がないエルが見えたのでした。私は思わずエル!と叫びました。それがエルの最後でした。
最後に私はエルに話しかけました、
『エル、君のことは忘れないよ、心の中でずっと一緒だよ、ありがとう!』安らかに眠れ。合掌



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エルと子猫
外はまだ暗い早朝の4時半頃でした。エルがクーンクーンと鳴いて私を起こしたのです。
私は熟睡していました。夢見心地の中で、エルの呼ぶ声と私の肩を揺するエルの大きな手が見えたのでした。私は目を少し開けぼんやりと見やりますと今度ははっきりと私を起こそうとするエルが見えたのでした。どうしたの?と言いますと、エルは私を1階に連れて行こうとするのです。寝る前にトイレは済ませていたのに、また行きたいのかと思い、仕方なく寝ぼけ眼で一緒に降りたのです。

パンパースの所へ行き、早く済ませなさいと言いますとトイレをしないのです。
私はどうしたの?早くしなさいと大きな欠伸をしながら催促しますと、エルは裏庭を見て小さくワンと吠えたのです。私が庭の方を見やりますと、そこに子猫の三毛猫がいたのです。それは7月1日に大きな野良猫に追われ、追い出された三毛猫のミケがいたのです。私を見てニャーンと鳴いて私に擦り寄って来ました。4か月振りの再開でした。私は眠気も吹っ飛び、急いでキャットフードを探してミケにあげたのでした。
その様子見ていたエルは私の側に来て、私にも朝ごはん頂戴と私を見つめてきたのです。

私が朝ごはんをあげると、エルは安心したのかゆっくりと美味しそうに食べたのでした。
私はふっと思いました。ミケが戻って来たので私を起こしたのだろうか、エルはどうしてミケが戻ったのが分かったのだろうかと考えました。動物にしか分からない何かがあるのだろうか、それともエルとミケに分かる何かがあるのだろうか、何であれ、エルは私を起こしミケと再開させたのです。
私はエルに話しかけました。いつまでも優しいエルでいるんだよ。エルは私の話を聞いているのか、聞いていないのか黙々と朝ごはんを食べていました。

庭を見ますと、空っぽになった皿だけが残りミケの姿はありませんでした。
しかし、それから2~3日おきにミケはやって来ます。それも早朝の5時頃にやって来るのです。そしてエルは私を必ず起こすのです。
その都度、私は「フウー」

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エルはもうすぐ13才
エルは今年12月が来ると13才になります。人間に例えると90才台となり、13才を迎えると100才位に相当するそうです。今まで熱中症に2度程なり、体温が42度迄上がり大変危険な状況になった事もありました。しかし、それ以外は病気らしい病気もすることなく元気に過ごして来ました。食欲も旺盛で相変わらず、甘いものとアイスクリームが大好きで、ただ一つ、長距離の散歩が出来なくなったことです。2年前まではほぼ毎日2時間近く散歩に行っていたのですが、ここ半年は我が家の隣にある公園に行くことがやっとのこととなったのです。2-3段の階段でもヨレヨレしながらヨッコラショと上がるのです。しかも私が後ろから支えてやっとのことで上がるのです。
それでもエルは公園に行きたがります。公園に着くと芝生に横たわり。私の膝枕の中で微睡むのです。秋の到来を思わせる涼しげな風が吹き、顔の毛をサワサワと揺らし木の葉が少しずつ舞い落ちる夕暮れ時、エルは私の膝の上で1時間近くのんびりと過ごすのです。

私は最近出張が多いのですが、家内の話によりますと2日も3日も自分の寝床に行かず、玄関で私の帰りをひたすら待っているそうです。いくら家族の者がパパは今日は帰らないよ、と言っても振り返るだけで、朝も夜もジーっと待っているそうです。
時々夜中にクーンクーンと泣く声が聞こえるそうです。そんな中、私が帰って来ますとクーンと一声泣いて後は私に無言で全身を摺り寄せてくるのです。
私はエルに待ったかい?ごめんよ、ゴメンよと言いながらエルを抱きしめるのでした。

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エルの呼ぶ声
夜の2時頃でした。大阪の出張から帰って来たその晩、私は出張の疲れからぐっすりと寝込んでいました。そんな暗闇の中から、私を呼ぶエルの声が聞こえたのです。私は夢うつつで、エルがいつも寝ているサイドベッドに目をやると、寝ているはずのエルがいないのです。すると今度ははっきりとエルの声が聞こえてきました。しかも泣いているような、クーンクーン呼ぶ声が聞こえてきたのです。それは廊下の奥の階段の方から聞こえていました。私はベッドから降りて泣く声の方向に歩いて行ったのです。廊下の電気を点けると、エルはいません、私がエル!と呼びますと、階段の途中で四つ足が開いた状態で、今にも落ちそうな姿勢で泣いているエルがいたのです。夜のトイレに起きて、いつもは私を起こして一緒に階段を下りるのですが、多分私が出張の疲れで起きなかったのだと思います。それで仕方なく一人で階段を下りたのだと思いました。2階の廊下にもトイレ用のパンパースを敷いてあるのですが、エルは子供の時から習慣となっている1階のパンパースで用を足す癖があるのです。セントバーナードの平均寿命7-8歳と言われる中で、エルは今年12月で13歳になります。大変長生きでお婆ちゃんなのです。今は階段を一人で下りれません。そのエルが階段の途中で、四つ足が開いたままで泣いて私を呼んでいたのです。
私は急いでエルを抱えるようにしながら一階に降りました。
エルは余程嬉しかったのかトイレを済ませると、一階のソファで私が眠気の中でぼんやり座っていますと、私の側に来て膝の上に頭を乗せてきたのです。そして、私がエルの体を擦ってあげると、安心したようにスースーと眠りについたのでした。私が起きようとすると、もっと摩ってと催促してくるのです。私は仕方なく片手でエルの手を握り、もう一方の手で体を撫でていると、エルは深い眠りについたのです。時間は夜の3時を過ぎていました。
私『フゥー』