OKC代表のブログです。
大学倒産時代がやって来る
先日、新聞を読んでいると私立大学の112校が経営破綻の恐れの記事が出ていました。
以前から言われてきた2018年問題が現実化しているのです。2018年問題とは10年間近く120万人台を維持してきた18歳人口が2018年から急激に減少していくことを言います。
しかし青少年人口が減少することが分かっていたのに、大学の数はあまり減っていませんどうしてでしょうか?

私なりに考えてみました。
産業構造が変わり企業が高卒より大卒を求めるようになった。社会が高度化して多くの産業で高度な知識や技術を求めるようになった。高卒者の就職が15年前の半数になり全体の16%まで減少したことも大学への進学率が上がったことが要因と思われます。2017年の大学進学率は51%になり、これは1990年の約2倍になります。その為大学数が増えたことになりました。また短大から大学への転換もあり2016年で778校に増えたそうです。1983年と比較して約7割増えたことになるそうです。
しかも多くの大学がこの30年間で新設された大学なので、止めることが難しいのでしょう。
そこには多くの学生が学び、また多くの雇用が生まれていますので猶更止めるのは難しいと言えます。

しかしこれからは急激に若者人口が減少しますので大学経営者のみならず国、地方自治体、そして受験する若者もよくよく考える必要があります。
今後少子化が進みます。加えて地方は若者が都会に出ていくので更に少子化が進むので地方の大学も募集困難になるでしょう。しかし最も困難になるのは都会も含めた私大が厳しい状況になるでしょう。昨年でも私学の約45%がすでに定員割れと言われています。ましてそれに加えて、大きな時代変化と社会変化が出現しようとしています。それは、人工知能とロボットの出現です。もう一つはグローバル化の波です。
これから求められる人材は科学技術力、世界的視野で考える国際人、そして発想力、思考力、問題解決能力など、つまりチャレンジ精神溢れる個性豊かな人材が求められているのです。

大学関係者の皆さん!そのような人材を育成する教育をされていますか?
学生の皆さん!そのような人材になるチャレンジ精神を持っていますか?
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時々やって来る三毛猫
今から2年ほど前に野良猫の家族を助けたことがあります。その時、母猫はガリガリに痩せて、子猫3匹も生後2ヶ月位で痩せて、我が家の庭のベンチの下で震えながらか弱い声で泣いていました。母猫はお乳も十分出ないようで、痩せた体を子猫達の横でぐったりとして、横たわっていました。

我が家の庭で母猫と子猫達がお腹をすかして横たわっている。私はその様子を見て助けてあげようと思いました。直ぐに以前飼っていた小型犬シーズーの食器にミルクを入れ、キャットフードはありませんでしたのでちくわを小さく切ってあげました。子猫達はミルクを美味しそうにそして競うように食べたのです。しかし母猫は子供達が食べているのをじっと見ているのでした。お母さんだってお腹がすいている筈なのに食べないのです。私は別の食器にミルクとちくわを入れてお母さんようにあげると、ヨロヨロしながら少しずつ食べたのでした。

私は母猫に辛かったね、必ず助けてあげるから安心していいよと話しかけました。猫家族の為に木箱と段ボールを組立て中にバスタオルを置いて寝床を作ったのでした。翌日からキャットフードを買って、ミルクと一緒にあげたのです。その夜猫たちは安心したのか家族全員でスースーと寝入りに就いたのでした。

その後、3か月後母猫がいなくなり、6か月後に男の子がいなくなり、2匹の女の子が約1年間暮らしていました。昨年の7月頃、ある日突然近くの野良猫のボスの猫に追われて2匹とも姿を消したのです。

私は暫くの間、家で飼っているセントバーナードのエルと一緒に散歩に出ると、裏山の木陰を探したりしていました。結局見つかりませんでした。そして4か月経った11月初旬でした、夜の0時頃、体が弱っていたエルが、私を見ながらワンと鳴いて裏庭をジーっと見たのでした。

私が何気に庭を見ますと猫がいたのです。それもいなくなった子猫の三毛猫(ミケ)でした。

私とエルは裏のガラス戸を開けますと、ミケは私の足元に来てスリスリと挨拶してきたのです。

ミケはエルの足元にも来てスリスリして挨拶したのです。エルも優しく体を横たえたのでした。私はすぐにミルクとキャットフードをあげたのでした。ミケはお腹が空いていたのか美味しそうに残さず食べたのでした。私はまた戻っておいでと話しかけました。

でもミケは戻って来ませんでした。

それから3週間後エルが天国へ旅立ったのでした。お通夜の夜でした。エルを偲んでご近所の方々が来ていました。奥さんの一人が私に、ご主人庭に猫がいますよと教えてくれました。見ると、三毛猫と黒猫がいたのです。まるでエルにお別れの挨拶に来たように見えました。

私がエルが亡くなったよ言いますと、ジーっと安らかに眠っているエルの方を見て暫くすると、そっといなくなりました。

私はエルが亡くなって人生に穴があいたような寂しさを感じて過ごしています。

エルが亡くなって2週間位した夜でした。私が寝ようと寝室に行こうとすると猫の鳴き声が聞こえたのです。ふっと庭を見ますとミケがいたのです。ガラス戸を開けますとそっと来て擦り寄ってくるのです。どうしていたんだい?元気だったのかい?ミケは食事を食べて私に暫く撫でて

もらうといなくなるのです。

そして、月に1-2回ふらりとやって来て、食事を食べて私に撫でてもらい、何処かへ行ってしまうのです。私はミケの後ろ姿に、いつでも来たい時においでと話しかけたのでした。

未来の年表を読んでみて
最近読んだ本の中で夢中になって読んだ本が未来の年表でした。
最初は本を読んでいくにつれ、日本の将来が不安になってきました。
曰く、2018年:国立大学が倒産の危機へ
曰く、2020年:女性の半数が50歳を超える
曰く、2024年:全国民の3人に1人が65歳以上となる
曰く2040年:自治体の半数が消滅
等々
そして一度読み終え、もう一度読み直してみますと、日本の将来が不安であるならばその未来を知っておくことこそが大変重要だと思ったのでした。今なら間に合う!
かなり厳しい未来が待っている訳ですけど、知らないで厳しい未来を迎えるより、知って準備して待つ方がずっと良い、大変厳しい未来が待っている訳ですが、少なくとも時間があるのですから、今一番大切なことは日本人すべてが未来の現実を知り、一人一人が
未来の問題を考え、そして知恵を結集し未来に対峙する。どんなに困難が待ち受けていても乗り越えていく!困難であればあるほど、それを乗り越えていく、不可能に近いと言われてもそれを乗り越え解決していく、それどころかその厳しい未来をバラ色の未来に変えていく、私たちの先人は幾多の困難を乗り越えてきたのです。未来の何時か、あの困難があったから今の日本があるのだと言われるように頑張ろうではありませんか!
一人一人自覚し私たちみんなが協力し努力する。きっと私たちは乗り越えられると信じています。
私たちは日本人なのですから。
2018年を迎えて
いよいよ東京オリンピックまであと2年となりました。2020年の東京オリンピックは過去のオリンピックと比べて最も特徴的なのは、AI(人工知能)オリンピックの元年になると言えるのではないでしょうか、今世界では猛烈なスピードでAI(人工知能)とロボットの開発が急ピッチで進められています。人工知能の発達は私たちの生活を一変させるだけでなく、ビジネス、医学、農業、娯楽、軍事に至るすべての分野で過去人類が経験したことがない大変化が起こると思っています。まさしく真の21世紀社会が出現すると思っています。その意味では人工知能を制する者はすべての分野の覇者になるでしょう。
例えば、AIとロボットの発達で2030年頃には地球上の全職業の約半分が人工知能とロボットに取って代わられると言われています。職を失った人々はどんな人生が待っているのでしょうか、20世紀の社会では例え多くの人が失業したとしても、科学技術の発展で新しい産業が発生して、職業を提供してきたと思います。
しかしこれからは。人工知能やロボットに奪われた仕事が人間に再び戻ってくるのでしょうか?20世紀初頭、自動車が出現するまでは物資の運搬は鉄道を除いて、殆んど馬が担ってきました。車社会が普及するとあっという間に馬たちは必要無くなったのです。科学技術は馬たちに新しい生きがいや仕事を提供したとは思いません。
つまり、時代の進歩は淘汰の歴史だったと思います。
それともロボットや人工知能が稼いだ利益で職を失った人に還元するのでしょうか?
そうしないといけないと考えますが、一方でロボットに養われとするとその人の人生は何なのかと考えざるを得ません、人間の尊厳と何かと問いたくなります。
では科学技術の進歩を止めるか、それは本末転倒のような気がします。

やはりAIもロボットも発達し、人間も発展し、人間とAIとロボットが共存しながら人間がロボットを有効活用して地球環境を守り、人間が人間らしい生活が出来る社会や文明を度作っていくが問われていると思います。その為にはAIロボット社会が出現する近未来社会に備えて私たちが物事を深く考える思考力を持ち、個人々が自分の人生観を持つことが大切と思われます。
若者の皆さんそう遠くない近未来社会到来への準備は出来ていますか?
さようならエル
この度、大変残念なご報告をすることとなりました。私が実の子供の様に可愛がってきました、エルが先月11月26日(日)に亡くなりました。享年12才と11か月でした。後2週間で13才を迎えるところでした。セントバーナードの平均寿命は7-8才と言われておりますので、13才迄生きたことは人間に例えると約100才に相当するそうなので、人生(犬生)としては充分長生きだったと言えます。
思えばエルとの最初の出会いは12年前家内の実家がある大阪に家族で里帰りした時でした。

夕食後、何気に寄ったペットショップでした。そこにセントバーナードの子犬が展示されていました。生後3-4か月で痩せて細っとりして、丸々と太ったセントバーナードの子犬のイメージがなく痩せて元気がなくケージにうずくまっていました。家族で心配げに見ていますと。その様子を見ていた店員がケージから出し娘に抱かせたのでした。その時娘は私に『パパ、買いたい』と言ったのですが、我が家には既にシーズーの親子4匹を飼っていましたのでそこにもう1匹大型犬を飼うことに少しためらいがありました。それで一旦東京へ帰ったのです。それから1か月後、また家内と娘二人が大阪に出かけた時でした。再度ペットショップに寄りますと更に痩せてガリガリなったセントバーナードがいたのでした。あばら骨が見えている子犬を見た娘が家内に可哀そうだから助けたい、お願い買ってあげてと頼んだのでした。しかし家内はあまりにも見すぼらしい姿を見て、病気を持っているのではないかと心配になり、可哀そうだけど買うことは出来ないと断って、東京への帰途に就いたのでした。
高速道路を走り京都のサービスエリアに着いた時、2人の娘が泣いて家内に訴えたのでした。
2人のシクシクと泣く姿を見て、家内は東京にいる私に電話してきたのでした。『パパどうしよう、パパが決めてと相談してきたのでした。』 私は思いました、『子犬には何の責任もない、こうして出会ったのも何かの運命だろう、助けてあげよう、悲しい境遇を幸せにしてあげよう。』と思ったのでした。そして家内と娘に言いました『いいよ連れて帰っておいで』と、大急ぎで大阪に戻ったのでした。
わが家にやって来たエルに私は『悲しくて寂しい思いは2度とさせない、必ず幸せにしてあげるね』と話しかけたのでした。

それから12年間、痩せていたエルは70キロを超える巨体となり、テレビのドラマや映画にも出演したり、老人ホームや障碍者施設を訪問して多くの人々を癒し、喜ばれたのでした。
散歩で行くコーヒーショップのテラスで休んでいると、よく高齢のご夫婦や一人暮らしのお婆さんから、しかも何人もの高齢者の方々からエルに会うのが楽しみで、エルと会うために出かけて来るのですと、そして会うと元気になるのですと言われたのでした。
エルは私たち家族だけでなく、多くの人々に喜びと癒しを与えてくれました。
私が出張しますと、自分の寝床に行かず、ずーっと玄関で私の帰りを待っていてくれました。
エルと過ごした12年間は、私の掛け買いのない心の財産となりました。
またブログを通して多くの方から心温まるご感想をいただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

エルが亡くなる少し前に、しきりにか細い声でワンワンクーンクーンと鳴いたのです。
私はどうしたの?お水あげようか?話しかけながらエルの顔を撫でました。すると静かに眠りについたのです。私がソファに戻り1時間位経った時、何気にエルを見ますと、息をする様子がないエルが見えたのでした。私は思わずエル!と叫びました。それがエルの最後でした。
最後に私はエルに話しかけました、
『エル、君のことは忘れないよ、心の中でずっと一緒だよ、ありがとう!』安らかに眠れ。合掌



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