OKCオセアニア交流センター代表のブログです。
エルと猫たち
1年前から我が家に野良猫の姉妹が住んでいます。住んでいると言っても家の中ではなく、裏の庭に住んでいます。裏に小屋を作って、中には冬はボアの敷物を敷き、入り口にはタオルのカーテンを作り寒さを凌げるようにしてあります。夏はゴザのざぶとんを敷いて小屋の窓を開けて、風通しを良くして涼しく過ごせるようにしてあります。そして、朝・夕の食事とミルクを与えています。

家の裏には小さな森があり、子猫たち昼間は森に出かけ遊びまわり、夕方に戻ってくるのです。昨年の10月頃、一度他の野良猫の2匹が我が家に侵入した時、正に襲われようとした時、エルが普段は寝てばっかりのエルが猛然と出てきてワンと驚くような大きな声で吠えて侵入者の猫達を追い出して子猫たちを守ったのです。それから猫たちはエルが昼寝している様子を見て安心したように庭で遊んでいます。エルも子猫たちも家族の一員として認めているようです。今日もエルはのんびりと昼寝をして一日を過ごし、猫たちは伸び伸びと過ごしている今日この頃です。
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海外研修の新しい波
私共OKCも来月で設立32周年となります。過去30年以上に亘って個人留学と学校関係の団体研修を取り扱ってまいりました。個人留学は30年前も今も留学の形はあまり変わりませんが、学校関係の団体研修は大きく変わったと思っています。特に高校の海外研修の形は大変変わった実感があります。振り返ってみますと、過去30年間で5つの波があったと考えています。最初の波はとにかく海外へ行く、異文化体験が目的でした。第2の波は現地の高校と交流する、姉妹校交流が盛んになったのでした。この形は今も多くの学校で実施されています。第3の波は研修期間の長期化、つまりそれまでの夏休み、春休みに実施する2~3週間の短期研修から1学期(3か月)や1年間を授業の一環として日本の學校でなく海外の学校に編入して授業を受ける、中長期留学の形が増えるようになったのです。
私共OKCでも1998年に関西の私立女子校が、最初の長期留学の取扱い校となりました。今年2017年には72校の中・長期留学をお手伝いすることになったのでした。そして2018年には100を超える受注が見込まれています。現在OKCは全国で、約230校の中学・高校の海外研修のお手伝いをしておりますので約半数が短期研修ではなく中長期留学が主流となる時代を迎えたのでした。2020年には200校を超えると予想しています。

そして第4の波が3年ほど前から始まりました。結果を出すこがポイントとなったのです。
結果とは具体的な英語力の向上、例えば英検2級は当然、準1級を取得する、受験でワンランク上の大学に合格する、明らかに変わるたくましい自立心の養成など、目に見える形での成果が問われて来たのです。
また第4の波で顕著になっているのが、中学で1学期留学の実施校が増えており2017年に高校の実施校を上回ったことでした。
もう一つの特徴は、偏差値60~70以上の進学校が実施するようになったことです。2016年度の新規受注では殆どが偏差値60~70以上の進学校でした。この理由としては社会状況の変化で保護者の意識の変化が大きいと思われます。特にお父さんが会社や職場で英語力が強く求められている。どんなに学歴があっても英語が話せないと会議に出席できない、レポートは全て英語で作成するなど、国際業務は一部の人が担当するから、全ての人が全ての分野でグローバル化が求められ始めているのです。その為、特に管理職や学歴の高い親御さんが、子供へのグローバル教育を真剣に考えるようになった事が大きいと思います。
海外業務だけでなく、工場の技術者、大学の教授や研究者、国や地方の公務員に至るまで、大企業・中小企業、農業など全ての分野でグローバル人材が求められる時代になったと言えます。

しかし時代は、もう次の波が来ようとしています。この第5の波はかって人類が経験したことがない新しい時代が来ようとしています。
それはAIの波、人工知能とロボットの時代が押し寄せています。この新しい波は人類にとって大変便利な社会や高度の文明を齎そうとしています。その一方で2030年には地球に存在する全職業の50%が人工知能やロボットにとって代わられると予想されています。
そのような新しい社会や厳しい未来の変化に対応する人材とはどのような人材なのか?どのような教育が求められるのか?
あくまでも私見ですが、物事を深く考える思考力、時代を変える発想力、如何なる困難も乗り越えていく問題解決能力、それにはたくましいチャレンジ精神が重要となります。
まさしく世界的視野で考え、行動する人材が求められているのです。
若者の皆さん!世界を舞台の人生をめざしましょう!
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2018年問題
1月4日の日経新聞に2018年問題に関する記事が出ていました。記事によると2018年から18歳人口が再び減少期に入ると書かれていました。1992年に18歳人口が205万人だったのが2009年には121万人まで減った。その後2017年までは横ばいが続くが、2018年から再び減少が始まると、約600の私立大学の4割がすでに定員割れの状態にあるそうです。しかも2031年には100万人を下回ると予想されています。私立大学は一部の有名大学を除いて、多くの大学の経営が大変厳しい状況になると思われています。少子化の中で大学はどう生き残るのか?日本は全ての分野で未だかってないほどグローバル化の時代に突入しようとしています。どんな職業に就こうが、世界情勢と無縁の職業は存在しない時代になろうとしています。例え公務員になろうが、中小企業に入社しようが、農業でさえも世界的視野で取り組まないと生き残れない時代が来ているのです。

そのような激動の時代に、大学はどう生き残るのか?あくまでも個人の私見ですが、これからの学生募集で苦しんでいる大学は、生き残るためには3つの考えが必要になると思います。
一つ目は、どんな学生であろうと語学力を身に付ける、つまり話せる力、最低でも例えばTOEIC500点以上の英語力そして出来ればあと1か国語例えばベトナム語、タイ語、スペイン語などもう1か国の基礎会話ができる学生を育てることです。2か国語が話せると言えば多くの企業や団体にとって必要とされ、就職にも大きなアドバンテージなると思います。
2つ目は、個性を伸ばす。そうは言っても実はこれが一番難しいような気がします。例えば資格を取るとか何でも良いのです。弁護士、会計士の資格、有機農法のやり方、救命救急法の認定書の獲得、介護福祉士、2級建築士、中小企業診断士、栄養士などなど、語学力プラス得意技、つまり自分の得意技を持つことです。もちろんスポーツや音楽関係でも良いのです。自分の好きな何かを持つことです。これがあれば自分の人間としての幅が広がると思います。これに関しては専門学校とコラボレーションすることも良いような気がします。一般教養と専門性を併せ持つ学生を育てることにもなります。
そして、3つ目はチャレンジ精神豊かな青年を育てることだと思います。若者が若者らしいとはチャレンジ精神を持っているかどうかが重要なのです。豊かな発想力、未知なる世界を切り開こうとする精神力有する若者こそ真の青年と言えます。
そのような若者は若くして問題解決能力を有するたくましい青年になると信じます。
大学こそ日本を背負う人材を育てる場所と思っていますので、、、
エルが12歳になります
12月10日でエルが12歳になります。人間に例えますと100歳位になるそうです。
セントバーナードの平均寿命は7-8歳と言われていますので、かなりの長寿と言えます。最近のエルは足腰が弱くなり、遠距離の散歩に出かけることはなくなりましたが、我が家に隣接している公園には時々ですが自分から行きたいと催促することがあります。
僅か家から50m程の距離ですがゆっくりゆっくりと歩き、途中で何度か休みながら、公園まで散歩するのです、公園では芝生に横たわりながら、少し寒くなった季節の中で、髪の毛がサワサワと冷たい風に吹かれて、舞い落ちる木の葉の中でエルは気持ち良さそうにウトウトと微睡むのでした。先日も近くのスーパーで買い物をしていますと見知らぬ年配のご夫婦から、話しかけられました。エルちゃんのお父さんですか?はいと答えますと、最近エルちゃんを見かけないので心配していました。エルちゃんは元気ですか?と尋ねられました。元気ですが足腰が弱くなり遠距離は歩けなくなったので三越のスタバには行けなくなったのですと話しますと、ご夫婦は私共だけでなくかなり多くの人たちが寂しがっています、エルちゃん位アウト癒される、会うのが楽しみと、多くのお年寄りが話していますよと仰ったのです。本当にありがたいと思いました。そんなに多くの人から気にかけて頂いているとは嬉しい限りです。一度でも会いたい、エルちゃんに会うのが楽しみで三越に出かけてくると多くの方が話しているとの事でした。私は思いました、年内に一度車椅子に載せても連れて行こうかと、車椅子でもエルちゃんが来るなら皆大喜びしますよと言われました。
家に帰って、エルに話しかけました。エル!皆さんがエルに合いたいと言ってるよ、気分が良い日に三越スタバに久しぶりに行ってみようか、その時はお前の大好きなハンバーグ買ってあげるね、エルは私の膝の上でスースーと寝ていました。いつまでも元気でいるんだよと話しかけたのでした。
姿を消したお母さん
ノラ猫の子猫3匹を面倒みるようになって早5か月になろうとしています。
4月頃に生まれたようなので、現在は生後6か月位になると思われます。8月の暑い朝でした、いつものように母猫と子猫たちにキャットフードとミルクをあげていました。美味しそうに食事を平らげミルクを飲んだ子猫たちは母親に毛づくろいをしてもらった後、我が家の庭を走り回ってしていました。子猫の無邪気に遊んでいる様子を母猫は暫くの間じーっと眺めていました。時折、子猫たちは母親の傍に走り寄っては母親の身体に擦り寄って甘える仕草をしていました。そして母親に見守られて、また走り回るのです。
思えば最初に見た猫の家族は子供は小さくやせ細り、母猫は更に痩せてガリガリでお乳も満足に出ないのではないかと思わせる状態でした。我が家に来ている大工さんが表の道路に出てきた母猫が思わず車に跳ねられそうになったのを見て、大工さんは私に言ったのです。走る姿がフラフラで、あれでは子猫に十分お乳がやれていないのではないか、子猫たちも庭のベンチの下でか細く鳴いていますよと話したのでした。
それから2か月私は毎日、母親と子供たちに食事とミルクをあげたのでした。結果、猫の家族は元気になっていったのです。この夏は雨が多い日が続きましたので、小屋を作って雨に濡れないようにして、小屋の中にゴザを敷いてバスタオルの寝床を作ってあげました。その甲斐があってか猫家族は夜になると全員そこに戻ってきて眠るようになったのでした。そのような状況になると、子猫たちと母猫は最初の厳しい目つきと、警戒心でオドオドした態度から眼差しが穏やかになり、私が近くに来ても逃げなくなったのでした。そのように平穏な毎日が続く様になった8月のある朝だったのです。

遊び廻る様子を見守っていた母猫が、子供たちが裏の森に走って遊びに行った時でした。その姿を見送った母猫がゆっくりと起き上がって、私を見つめてニャーと泣いて、子供たちが行った反対の方に歩き去ったのです。
母猫がゆっくりと歩いて行くのを見た時は近くへ見回りに行くのかと思っていました。
それが母猫を見た最後の姿でした。今思うと私に向かってニャーと言ったのは、私への別れと、子供たちをお願いしますと挨拶だったような気がしています。
子猫たちは2~3日母親の姿を求めて泣いていました。しかし今は元気に走り廻り、私を見ると走り寄って来る今日この頃です。

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