OKCオセアニア交流センター代表のブログです。
エルの近況
2017年が始まり、はや2月を迎えました。我が家のエルは昨年の12月で12歳となりました。人間の年齢ですと90才台になるそうです。かなりのお婆ちゃんなのですが昼間は寒い廊下のエル専用のソファでスヤスヤと寝ており。夜は私の部屋に来て、私のベッド脇のサイドベッドで寝るのです。なので、私はどんなに寒くても暖房を点けることが出来ません。そんなある日、スタッフから貰ったソーセージを持って帰りますと、大好きなソーセージがあるといつも玄関までやって来て尻尾をドアにバタンバタンとぶつけてお帰りをしてくれます。ところが大好きなソーセージを持って帰って来ているのに、迎えに出て来ないのです。それどころか、エルただいま!と呼んでも来ません。
私はおかしいなと思いながら、ソファに行きますと、私が帰っているのに横になったまま起きません。私はドキッ!として、エル!と思わず叫びました。そうすると、エルはそっと目を開け、寝たまま尻尾を弱々しく振りました。私はエルの横に座りどうしたの?大丈夫か?話しかけました。そしてゆっくり身体をさすってあげました。そうするとエルは頭を私の膝の上に載せてもっとさすってとクーンクーンと訴えて来たので、私はエルをさすってあげました。暫くすると、スースーと寝息を立てて眠りましたので、そっと離れて先生に電話しました。
先生曰く、エルちゃんもかなりの高齢で体力が落ちているので無理が出来なくなるしょう、心配なら何時でも連れて来て下さいと言ってくれました。

夜私が食事をしていますと、エルがソファから起きてヨロヨロしながら私の傍にやって来たのです。
そしてクーンクーンと泣いて何かを訴えてきました。私は大丈夫か?何か食べるかと聞いて、ヨーグルトを少しあげると、美味しそうに食べてもっとちょうだいと欲しがりましたので、私がヨーグルトとソーセージをあげると、大好きなソーセージは食べず、ヨーグルトだけ食べて私の膝の上に乗って来たのです。私が身体をさすってあげると目をつぶったまま気持ち良さそうに微睡んでいました。私が手を止めると目を開けてもっとと催促します。夜も私のベッドに来て頭を私の胸にくっ付けて来て擦ってとせがむのです。私はエルの身体を擦りながら、いつまでも一緒だよと話しかけました。
エルは安心したようにスーっと眠りについたのです。2日後クリニックから貰った薬が効いたのか、今は食欲も戻り、いつものエルに戻りました。

ただあれから、私はエルの身体を擦ることが毎晩の日課になったのでした。そうするとエルはスースーと眠るのです。しかし昨晩はグーグーガ~ガ~と眠り、私が睡眠不足になったのでした。
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2018年問題
1月4日の日経新聞に2018年問題に関する記事が出ていました。記事によると2018年から18歳人口が再び減少期に入ると書かれていました。1992年に18歳人口が205万人だったのが2009年には121万人まで減った。その後2017年までは横ばいが続くが、2018年から再び減少が始まると、約600の私立大学の4割がすでに定員割れの状態にあるそうです。しかも2031年には100万人を下回ると予想されています。私立大学は一部の有名大学を除いて、多くの大学の経営が大変厳しい状況になると思われています。少子化の中で大学はどう生き残るのか?日本は全ての分野で未だかってないほどグローバル化の時代に突入しようとしています。どんな職業に就こうが、世界情勢と無縁の職業は存在しない時代になろうとしています。例え公務員になろうが、中小企業に入社しようが、農業でさえも世界的視野で取り組まないと生き残れない時代が来ているのです。

そのような激動の時代に、大学はどう生き残るのか?あくまでも個人の私見ですが、これからの学生募集で苦しんでいる大学は、生き残るためには3つの考えが必要になると思います。
一つ目は、どんな学生であろうと語学力を身に付ける、つまり話せる力、最低でも例えばTOEIC500点以上の英語力そして出来ればあと1か国語例えばベトナム語、タイ語、スペイン語などもう1か国の基礎会話ができる学生を育てることです。2か国語が話せると言えば多くの企業や団体にとって必要とされ、就職にも大きなアドバンテージなると思います。
2つ目は、個性を伸ばす。そうは言っても実はこれが一番難しいような気がします。例えば資格を取るとか何でも良いのです。弁護士、会計士の資格、有機農法のやり方、救命救急法の認定書の獲得、介護福祉士、2級建築士、中小企業診断士、栄養士などなど、語学力プラス得意技、つまり自分の得意技を持つことです。もちろんスポーツや音楽関係でも良いのです。自分の好きな何かを持つことです。これがあれば自分の人間としての幅が広がると思います。これに関しては専門学校とコラボレーションすることも良いような気がします。一般教養と専門性を併せ持つ学生を育てることにもなります。
そして、3つ目はチャレンジ精神豊かな青年を育てることだと思います。若者が若者らしいとはチャレンジ精神を持っているかどうかが重要なのです。豊かな発想力、未知なる世界を切り開こうとする精神力有する若者こそ真の青年と言えます。
そのような若者は若くして問題解決能力を有するたくましい青年になると信じます。
大学こそ日本を背負う人材を育てる場所と思っていますので、、、
エルが12歳になります
12月10日でエルが12歳になります。人間に例えますと100歳位になるそうです。
セントバーナードの平均寿命は7-8歳と言われていますので、かなりの長寿と言えます。最近のエルは足腰が弱くなり、遠距離の散歩に出かけることはなくなりましたが、我が家に隣接している公園には時々ですが自分から行きたいと催促することがあります。
僅か家から50m程の距離ですがゆっくりゆっくりと歩き、途中で何度か休みながら、公園まで散歩するのです、公園では芝生に横たわりながら、少し寒くなった季節の中で、髪の毛がサワサワと冷たい風に吹かれて、舞い落ちる木の葉の中でエルは気持ち良さそうにウトウトと微睡むのでした。先日も近くのスーパーで買い物をしていますと見知らぬ年配のご夫婦から、話しかけられました。エルちゃんのお父さんですか?はいと答えますと、最近エルちゃんを見かけないので心配していました。エルちゃんは元気ですか?と尋ねられました。元気ですが足腰が弱くなり遠距離は歩けなくなったので三越のスタバには行けなくなったのですと話しますと、ご夫婦は私共だけでなくかなり多くの人たちが寂しがっています、エルちゃん位アウト癒される、会うのが楽しみと、多くのお年寄りが話していますよと仰ったのです。本当にありがたいと思いました。そんなに多くの人から気にかけて頂いているとは嬉しい限りです。一度でも会いたい、エルちゃんに会うのが楽しみで三越に出かけてくると多くの方が話しているとの事でした。私は思いました、年内に一度車椅子に載せても連れて行こうかと、車椅子でもエルちゃんが来るなら皆大喜びしますよと言われました。
家に帰って、エルに話しかけました。エル!皆さんがエルに合いたいと言ってるよ、気分が良い日に三越スタバに久しぶりに行ってみようか、その時はお前の大好きなハンバーグ買ってあげるね、エルは私の膝の上でスースーと寝ていました。いつまでも元気でいるんだよと話しかけたのでした。
エルが12歳になります
12月10日でエルが12歳になります。人間に例えますと100歳位になるそうです。
セントバーナードの平均寿命は7-8歳と言われていますので、かなりの長寿と言えます。最近のエルは足腰が弱くなり、遠距離の散歩に出かけることはなくなりましたが、我が家に隣接している公園には時々ですが自分から行きたいと催促することがあります。
僅か家から50m程の距離ですがゆっくりゆっくりと歩き、途中で何度か休みながら、公園まで散歩するのです、公園では芝生に横たわりながら、少し寒くなった季節の中で、髪の毛がサワサワと冷たい風に吹かれて、舞い落ちる木の葉の中でエルは気持ち良さそうにウトウトと微睡むのでした。先日も近くのスーパーで買い物をしていますと見知らぬ年配のご夫婦から、話しかけられました。エルちゃんのお父さんですか?はいと答えますと、最近エルちゃんを見かけないので心配していました。エルちゃんは元気ですか?と尋ねられました。元気ですが足腰が弱くなり遠距離は歩けなくなったので三越のスタバには行けなくなったのですと話しますと、ご夫婦は私共だけでなくかなり多くの人たちが寂しがっています、エルちゃん位アウト癒される、会うのが楽しみと、多くのお年寄りが話していますよと仰ったのです。本当にありがたいと思いました。そんなに多くの人から気にかけて頂いているとは嬉しい限りです。一度でも会いたい、エルちゃんに会うのが楽しみで三越に出かけてくると多くの方が話しているとの事でした。私は思いました、年内に一度車椅子に載せても連れて行こうかと、車椅子でもエルちゃんが来るなら皆大喜びしますよと言われました。
家に帰って、エルに話しかけました。エル!皆さんがエルに合いたいと言ってるよ、気分が良い日に三越スタバに久しぶりに行ってみようか、その時はお前の大好きなハンバーグ買ってあげるね、エルは私の膝の上でスースーと寝ていました。いつまでも元気でいるんだよと話しかけたのでした。
姿を消したお母さん
ノラ猫の子猫3匹を面倒みるようになって早5か月になろうとしています。
4月頃に生まれたようなので、現在は生後6か月位になると思われます。8月の暑い朝でした、いつものように母猫と子猫たちにキャットフードとミルクをあげていました。美味しそうに食事を平らげミルクを飲んだ子猫たちは母親に毛づくろいをしてもらった後、我が家の庭を走り回ってしていました。子猫の無邪気に遊んでいる様子を母猫は暫くの間じーっと眺めていました。時折、子猫たちは母親の傍に走り寄っては母親の身体に擦り寄って甘える仕草をしていました。そして母親に見守られて、また走り回るのです。
思えば最初に見た猫の家族は子供は小さくやせ細り、母猫は更に痩せてガリガリでお乳も満足に出ないのではないかと思わせる状態でした。我が家に来ている大工さんが表の道路に出てきた母猫が思わず車に跳ねられそうになったのを見て、大工さんは私に言ったのです。走る姿がフラフラで、あれでは子猫に十分お乳がやれていないのではないか、子猫たちも庭のベンチの下でか細く鳴いていますよと話したのでした。
それから2か月私は毎日、母親と子供たちに食事とミルクをあげたのでした。結果、猫の家族は元気になっていったのです。この夏は雨が多い日が続きましたので、小屋を作って雨に濡れないようにして、小屋の中にゴザを敷いてバスタオルの寝床を作ってあげました。その甲斐があってか猫家族は夜になると全員そこに戻ってきて眠るようになったのでした。そのような状況になると、子猫たちと母猫は最初の厳しい目つきと、警戒心でオドオドした態度から眼差しが穏やかになり、私が近くに来ても逃げなくなったのでした。そのように平穏な毎日が続く様になった8月のある朝だったのです。

遊び廻る様子を見守っていた母猫が、子供たちが裏の森に走って遊びに行った時でした。その姿を見送った母猫がゆっくりと起き上がって、私を見つめてニャーと泣いて、子供たちが行った反対の方に歩き去ったのです。
母猫がゆっくりと歩いて行くのを見た時は近くへ見回りに行くのかと思っていました。
それが母猫を見た最後の姿でした。今思うと私に向かってニャーと言ったのは、私への別れと、子供たちをお願いしますと挨拶だったような気がしています。
子猫たちは2~3日母親の姿を求めて泣いていました。しかし今は元気に走り廻り、私を見ると走り寄って来る今日この頃です。


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